ダイビング事故と『浸水性肺水腫』|中高年ダイバーは注意が必要
中高年ダイバーは知るべき、ダイビング事故と『浸水性肺水腫』の関係。
先週PADIジャパンにより「ダイビング事故撲滅」というテーマでオンラインセミナーが行われました。
内容は、主に2020年に起きた(日本国内での)ダイビング事故の傾向と対策。
セミナーで得に気になったのが、「浸水性肺水腫/(浸漬性肺水腫)しんしせい」という聞きなれない言葉。
2020年に起きた事故を年齢別で見ると、最も多かったのが40歳以上(特に50代)。
うち、42%が浸水性肺水腫の疑いがありました。
ここでは、2020年の事故例と、「浸水性肺水腫/(浸漬性肺水腫)」についてまとめます。
「安全ダイビング」のお役に立てたら嬉しいです!
2020年に起きたダイビング事故の傾向
2020年日本国内での事故件数は前年比減少。ただ、コロナ禍で活動制限がかかっていた事を考慮すると実質増加傾向。
どのような時に事故が起きたのか:ファンダイビング中の事故が全体の68%、講習中21%、その他11%です。
年齢別ダイビング事故:最も多かったのが50代で、全体の47%を占めました。
※事故の発生件数は公表されていません
10代 | 5% |
20代 | 11% |
30代 | 5% |
40代 | 11% |
50代 | 47% |
60代 | 16% |
70代 | 5% |
事故を起こした40代以上のダイバーで「浸水性肺水腫」の疑いがあった人は全体の42%。
「可能性あり」の16%を含めると、合計58%です。
潜降開始時や浮上にかけて、苦しみだし、突然意識を失う事故です。
浸水性肺水腫ってどんな病気?
浸水性肺水腫とは:
浸水性肺水腫(immersion pulmonary edema:IPE)とは スクーバダイビングやシュノーケリング,水泳中に急性発症する肺水腫である。
日本救急医学会 (PDF)・J-Stage
ご存じの方も多いかと思いますが、肺水腫とは肺胞の周りにある網目状の毛細血管から血液の液体成分が肺胞内へ滲み出した状態のこと言います。
肺胞の中に液体が溜まると肺での酸素交換に障害がでて、呼吸がしずらくなります。
浸水性肺水腫は肺の圧外傷や減圧症とは無関係に起こるそうです
『浸水性肺水腫』は水に浸るだけで発症するケースもある
なぜ『水に浸かるだけで浸水性肺水腫』になるケースがあるのでしょうか?
DANジャパンが発表しているレポートによると、
「人は水に浸かるとことにより手足の血液が体の中心に移動して心臓や肺がうっ血するという生理的な特性をもっています。
肺にシフトした血液により毛細血管内の圧が上昇し、血液中の水分が間質( 肺胞のまわりにある薄い壁)に出てくると肺水腫の状態になります。
体を水に浸けるだけで肺がうっ血するので、この状態を増強させるような因子が加わると、体に必要な酸素が足りなくなって症状が出てくる、すなわち浸漬性肺水腫を発症することになる。
浸漬性肺水腫を考える(PDF)・DAN Japan
なんだか難しい説明ですが、人間の生理的特徴により起こりえる病気なんですね。
どんな時、どんな人に『浸水性肺水腫/浸漬性肺水腫』の発症リスクが高くなるのか?
水温が低いと発症しやすく、高血圧の人は発症リスクが高い
上記以外にも症状を引き起こす要因はあります。詳しくは(PFD) こちら
『浸水性肺水腫・浸漬性肺水腫』の症状と特徴
ダイビング前に症状がなくても、水に入って少し泳いだだけで「息切れ」や「呼吸のしずらさ」などの自覚症状が現れます。
特徴の一つとして、水面で息苦しさを自覚しても、深度が深くなると今まで感じていた「息苦しさ」が一旦は感じづらくなるとこがあります。
ただ、これを放置すると、深度が深くても再び息切れ感を感じるようになります。
一番怖いのは、浮上中(特に安全停止)に突然症状が明確に表れ、苦しくなるケースです。
浮上中、エアーが十分あるにも関わらず、息苦しさで息が吸えていないように感じます。
エグジット後も息苦しさは続き、咳がでたり、ピンクがかった淡がでるなどの症状がでます。
対処法とPADI新・ハンドシグナル「体調が悪い」
- 高血圧の方はダイビング前に必ず主治医の診断を受けましょう
- 水中での寒さ対策は忘れずに(寒いのを我慢しない)
- ダイビング前に必要以上の水分を取ると体を冷やす恐れがあるのでNGとの事
- 水中で激しい動きはNG
- 「息苦しさ」を感じたらPADI新ハンドシグナル「体調が悪い」のサインをだす。
新・ハンドシグナル「体調が悪い」は水中でこのようなケースに素早くサポートでくる唯一の対応策と言っても過言ではありません。
浮上後、直ぐに酸素の吸入を受け、病院で医師の診断を受ける。
『浸漬性肺水腫』(浸水性肺水腫)と深度の関係
浸漬性肺水腫(浸水性肺水腫)と深度の関係をDANジャパンを通し、浸漬性肺水腫を考えるの著者である鈴木先生に質問しました。
特に、中高年ダイバーにとって大切なトピックです。専門用語もあるので、以下鈴木先生の言葉をそのまま引用します。
浸漬性肺水腫はヒトが水に漬かることにより生じるものであり、深度に関係しません。
水中に潜らない水泳でも浸漬性肺水腫は起きていて、冷水域での遠泳では若い元気な方でも発症しています。
しかし浅深度よりも深深度潜水で浸漬性肺水腫が発症した場合には重篤となりやすい理由、及び深度による症状の消長について以下にご説明いたします。
浸漬性肺水腫で起きる息切れは、肺から血液へ(詳しくは、肺胞腔から毛細血管の中へ)酸素が取り込めなくなることにより起きるものです。これは浸漬により肺胞腔と毛細血管の間が厚くなることが原因です。(図3)
一方、正常もしくは肺水腫の状態であっても、肺胞腔から毛細血管内への酸素の取り込みは、肺胞腔内の酸素分圧に依存します。高い酸素分圧が肺胞腔内にあれば毛細血管内に取り込む酸素は多くなります(正確には、酸素が血管の中に拡散しやすくなる)。潜水では深度が深くなると吸い込んだ空気中の酸素分圧が上がります。たとえば、深度10mでは、水面の空気の2倍の酸素分圧になりますし、20mでは3倍になります。
したがって、浸漬により肺胞腔と毛細血管の間が厚くなって酸素が取り込みにくくなったとしても、潜水して深度が深くなり肺胞腔内の酸素分圧が上がった分だけ血液の中に酸素が取り込まれるようになります。それで、水面では息切れがあっても潜水して深度が深くなるにしたがい息切れを感じなくなってゆくわけです。
しかし潜水を続けて肺胞腔と毛細血管の間が厚くなって肺水腫が進行してくると、深度が深くても息切れを感じるようになります。実際には、息切れを感じる前に換気量が増え、空気ボンベのガス消費が速いのに気づくことが多いようです。この状態で浮上をはじめると、浅くなるに従い吸い込む空気の酸素分圧は下がってゆくことになりますが、肺胞腔と毛細血管の間が厚いままですので、肺胞腔から毛細血管の中に取り込まれる酸素は深度が浅くなる
ほど少なくなっていくことになります。浮上に伴って呼吸が更に増え、安全停止の深度では自分のレギュレータからの空気がぜんぜん足りないと感じてバディのオクトパスをもらっても空気が来なかったと感じるようにもなります。
すなわち、深深度では病態の進行に気づくのが遅れるため、気づいたときには病態が進んでしまっているわけです。
発症した深深度からの浮上では、その深度差に応じて酸素分圧が低下してゆき、水面付近になると酸素低下が著しくなり、重篤な状態に陥ってしまいます。
なお、一般的に浅深度潜水では重篤になることは少ないということになりますが、実際の症例をみてみると一概にそうとは言えません。特に、心疾患があった場合には、10m 程度の潜水での死亡例がありますので注意が必要です。
健診で心臓がやや大きいのと高血圧を指摘されていた方が日常生活は特に差し支えがないため放置されていた事例でした。浸漬性肺水腫を起こさないためには健康管理・体調管理が基本となります。
鈴木 信哉先生
日頃の体調管理とNOと言える勇気
DANジャパンのレポート (PDF) によると、『浸漬性肺水腫/浸水性肺水腫』のほとんどは翌日には回復するようです。
ですが、死亡例があるのも事実です。
私自身を含め、40代以上のダイバーは自分の体の事を理解し、日ごろの体調管理が大切ですね。
ダイビング中に体調が悪くなったら直ぐに「体調が悪い」のサインを出すこと。
そしてなによりも頑張らずに、体調が悪い時はダイビングをスキップする勇気も必要ですね。