2020年ダイビング事故と中高年ダイバーは知るべき『浸水性肺水腫』について
「楽しいはずのダイビング」トラブルや事故なんて起こしたくないですよね。
先週PADIジャパンにより「ダイビング事故撲滅」というテーマでオンラインセミナーが行われました。
主に2020年に起きた(日本国内での)ダイビング事故の傾向と対策について話し合われました。その中で気になったのが「浸水性肺水腫/(浸漬性肺水腫)しんしせい」という聞きなれない言葉。
ここ数年、「特に中高年ダイバー」の間で「浸水性肺水腫/(浸漬性肺水腫)」によるトラブルや事故が増加傾向にあるようです。
2020年のダイビング事故の発生傾向
2020年(日本国内)での事故件数は前年比減少。ただ、コロナ禍で活動制限がかかっていた事を考慮すると実質増加傾向。
どのような時に事故が起きたのか:ファンダイビング中の事故が全体の68%、講習中21%、その他11%です。
年齢別ダイビング事故:最も多かったのが50代で、全体の47%を占めました。
※事故の発生件数は公表されていません
10代 | 5% |
20代 | 11% |
30代 | 5% |
40代 | 11% |
50代 | 47% |
60代 | 16% |
70代 | 5% |
40代以上のダイビング事故で目立った『浸水性肺水腫』について
昨年(日本国内)起きたダイビング事故の傾向で目立っていたのが、40代以上(特に50代)の「浸水性肺水腫」の疑い。
潜降開始時や水中から浮上にかけて、苦しみだしたり突然意識をうしなうケースです。
事故で浸水性肺水腫/浸漬性(しんしせい)肺水腫の疑いがあったのは全体の42%。「可能性あり」の16%を含めると合計で58%です。その全てが40~60代のダイバーでした。
浸水性肺水腫ってどんな病気?
浸水性肺水腫とは:
浸水性肺水腫(immersion pulmonary edema:IPE)とは スクーバダイビングやシュノーケリング,水泳中に急性発症する肺水腫である。
日本救急医学会 (PDF)・J-Stage
ご存じの方も多いかと思いますが、肺水腫とは肺胞の周りにある網目状の毛細血管から血液の液体成分が肺胞内へ滲み出した状態のこと言います。肺胞の中に液体が溜まると肺での酸素交換に障害がでて、呼吸がしずらくなります。
浸水性肺水腫は肺の圧外傷や減圧症とは無関係に起こる病気と言われてます。
個人的に「肺水腫=心臓疾患」と決めつけていましたが、心臓疾患以外にも肺水腫を引き起こす原因ってあるんですね。
心臓疾患があり肺水腫になった人の話しを聞いた事があります。肺に液体が溜まると息苦しさを感じ、仰向けに寝るのが辛く、ゼーゼーすると言ってました。
なぜ『水に浸かるだけで浸水性肺水腫』になるケースがあるのでしょうか?
DANジャパンが発表しているレポートによると、
「人は水に浸かるとことにより手足の血液が体の中心に移動して心臓や肺がうっ血するという生理的な特性をもっています。肺にシフトした血液により毛細血管内の圧が上昇し、血液中の水分が間質( 肺胞のまわりにある薄い壁)に出てくると肺水腫の状態になります。
体を水に浸けるだけで肺がうっ血するので、この状態を増強させるような因子が加わると、体に必要な酸素が足りなくなって症状が出てくる、すなわち浸漬性肺水腫を発症することになる。
浸漬性肺水腫を考える(PDF)・DAN Japan
なんだか難しい説明ですが、人間の生理的特徴により起こりえる病気なんですね。
どんな人に『浸漬性肺水腫』の症状が出やすいんでしょうか?
水温が低いと発症しやすく、高血圧の人は発症リスクが高い
上記以外にも症状を引き起こす要因はあります。詳しくは(PFD) こちら
見逃すな!症状と特徴
ダイビング前に自覚症状がなくても、水に入って少し泳いだだけで「息切れ」、「呼吸のしずらさ」などの自覚症状がでる。
水面で息苦しさを自覚しても、深度が深くなると今まで感じていた「息苦しさ」は一旦は感じづらくなるようです。これを放置すると深度が深くても息切れ感を感じるようになります。水中でたいして泳いでいないのに、エア消費が早くなる場合もあるとの事です。
そして、浮上中(特に安全停止)に突然症状が明確に表れ、苦しくなるケースもあります。
エアーが十分あるにも関わらず、息苦しさで息が吸えてないように感じるようです。
エグジット後も「息苦しい」、「咳がでる」、「ピンクがかった淡がでる」などの症状がでます。
対処法とPADI新・ハンドシグナル「体調が悪い」

- 高血圧の方はダイビング前に必ず主治医の診断を受けましょう。
- 水中での寒さ対策は忘れずに(寒いのを我慢しない)
- ダイビング前に必要以上の水分を取ると体を冷やす恐れがあるのでNGとの事
- 水中で激しい動きはNG
- 「息苦しさ」を感じたらPADI新ハンドシグナル「体調が悪い」のサインをだす。新・ハンドシグナル「体調が悪い」は水中でこのようなケースに素早くサポートでくる唯一の対応策と言っても過言ではありません。
浮上後、直ぐに酸素の吸入を受け、病院で医師の診断を受ける。
浸漬性肺水腫(浸水性肺水腫)と深度の関係
浸漬性肺水腫(浸水性肺水腫)と深度の関係をDANジャパンを通し、浸漬性肺水腫の著者でもある鈴木先生に質問ました。ダイバーにとって大切なトピックであり専門用語もあるので、以下鈴木先生の言葉をそのまま引用します。
浸漬性肺水腫はヒトが水に漬かることにより生じるものであり、深度に関係しません。水中に潜らない水泳でも浸漬性肺水腫は起きていて、冷水域での遠泳では若い元気な方でも発症しています。しかし浅深度よりも深深度潜水で浸漬性肺水腫が発症した場合には重篤となりやすい理由、及び深度による症状の消長について以下にご説明いたします。
浸漬性肺水腫で起きる息切れは、肺から血液へ(詳しくは、肺胞腔から毛細血管の中へ)酸素が取り込めなくなることにより起きるものです。これは浸漬により肺胞腔と毛細血管の間が厚くなることが原因です。(図3)
一方、正常もしくは肺水腫の状態であっても、肺胞腔から毛細血管内への酸素の取り込みは、肺胞腔内の酸素分圧に依存します。高い酸素分圧が肺胞腔内にあれば毛細血管内に取り込む酸素は多くなります(正確には、酸素が血管の中に拡散しやすくなる)。潜水では深度が深くなると吸い込んだ空気中の酸素分圧が上がります。たとえば、深度10mでは、水面の空気の2倍の酸素分圧になりますし、20mでは3倍になります。
したがって、浸漬により肺胞腔と毛細血管の間が厚くなって酸素が取り込みにくくなったとしても、潜水して深度が深くなり肺胞腔内の酸素分圧が上がった分だけ血液の中に酸素が取り込まれるようになります。それで、水面では息切れがあっても潜水して深度が深くなるにしたがい息切れを感じなくなってゆくわけです。
しかし潜水を続けて肺胞腔と毛細血管の間が厚くなって肺水腫が進行してくると、深度が深くても息切れを感じるようになります。実際には、息切れを感じる前に換気量が増え、空気ボンベのガス消費が速いのに気づくことが多いようです。この状態で浮上をはじめると、浅くなるに従い吸い込む空気の酸素分圧は下がってゆくことになりますが、肺胞腔と毛細血管の間が厚いままですので、肺胞腔から毛細血管の中に取り込まれる酸素は深度が浅くなる
ほど少なくなっていくことになります。浮上に伴って呼吸が更に増え、安全停止の深度では自分のレギュレータからの空気がぜんぜん足りないと感じてバディのオクトパスをもらっても空気が来なかったと感じるようにもなります。
すなわち、深深度では病態の進行に気づくのが遅れるため、気づいたときには病態が進んでしまっているわけです。発症した深深度からの浮上では、その深度差に応じて酸素分圧が低下してゆき、水面付近になると酸素低下が著しくなり、重篤な状態に陥ってしまいます。
なお、一般的に浅深度潜水では重篤になることは少ないということになりますが、実際の症例をみてみると一概にそうとは言えません。特に、心疾患があった場合には、10m 程度の潜水での死亡例がありますので注意が必要です。健診で心臓がやや大きいのと高血圧を指摘されていた方が日常生活は特に差し支えがないため放置されていた事例でした。浸漬性肺水腫を起こさないためには健康管理・体調管理が基本となります。
鈴木 信哉先生
日頃の体調管理とNOと言える勇気
DANジャパンのレポート (PDF) によると、『浸漬性肺水腫/浸水性肺水腫のほとんどは翌日には回復すると』とのこと。
ですが、死亡例があるのも事実です。
私自身を含め、40代以上のダイバーは自分の体の事を理解し、日ごろの体調管理が大切ですね。
ダイビング中に体調が悪くなったら直ぐにサインを出すこと。そしてなによりも頑張らずに、体調が悪い時はダイビングをスキップする勇気も必要ですね。