ダイビング事故と『浸水性肺水腫』|中高年ダイバーは注意が必要

ダイビング事故と浸水性肺水腫

中高年ダイバーが知っておくべき、ダイビング事故と『浸水性肺水腫』の関係。

先週PADIジャパンが「ダイビング事故撲滅」というテーマでオンラインセミナーを開催しました。
セミナーの内容は、日本国内で発生し2020年のダイビング事故と傾向と対策について。

その中で得に気になったのが、「浸水性肺水腫/(浸漬性肺水腫)しんしせい」という聞きなれない言葉。

事故を年齢別に見ると、最も多かったのが40歳以上特に50代)。
うち42%が「浸水性肺水腫」の疑いがあると報告されました。

本記事では、2020年の事故例と「浸水性肺水腫/(浸漬性肺水腫)」について詳しく解説します。

「安全ダイビング」のために、ぜひ参考にしてください!

目次

浸水性肺水腫ってどんな病気?

浸水性肺水腫とは

浸水性肺水腫(immersion pulmonary edema:IPE)とは、 スクーバダイビングやシュノーケリング,水泳中に急性発症する肺水腫のことを指します。

日本救急医学会 (PDF)・J-Stage

ご存じの方も多いかもしれませんが、「肺水腫」とは肺胞の周りにある毛細血管から血液中の液体成分が肺胞内へ滲み出す状態を指します。

これにより肺胞の中に液体が溜まり、肺での酸素交換が阻害され、呼吸が困難になります。

重要なのは、浸水性肺水腫は「肺の圧外傷」や「減圧症」とは無関係に発症するという点です。
つまり、減圧症のリスクが少ない浅い水深でも発症する可能性があるため、すべてのダイバーや水中アクティビティを楽しむ人にとって注意が必要な病気です。

『浸水性肺水腫』は水に浸るだけで発症するケースもある

なぜ『水に浸かるだけで浸水性肺水腫』になるケースがあるのか?

DANジャパンのレポートによると、

「人は水に浸かるとことにより手足の血液が体の中心に移動し、心臓や肺がうっ血するという生理的な特性を持っています。

この血液の移動によって、肺の毛細血管内の圧が上昇し、血液中の水分が肺の周りにある薄い壁(間質)に染み出ししまうと、肺水腫の状態になります。

つまり、体を水に浸けるだけで肺がうっ血するため、さらに負担がかかる要因が加わると、体に必要な酸素が足りなくなり、浸漬性肺水腫(浸漬性肺水腫)を発症するリスクが高まるというわけです。

浸漬性肺水腫を考える(PDF)・DAN Japan

一見すると難しく感じますが、「水に浸かるだけで肺に負担がかかる」という人間の生理的特徴が関係している病気なのです。 

どんな時、どんな人に『浸水性肺水腫/浸漬性肺水腫』の発症リスクが高くなるのか?

『浸水性肺水腫』は、特定の環境や体調によって発症リスクが高まることが分かっています。

発症リスクが高くなる条件

水温が低い → 体が冷えることで血管が収縮し、肺の血流が増加してうっ血しやすくなる
高血圧の人 → もともと血管への圧力が高いため、肺の毛細血管が圧迫されやすい

ほかにも、特定の条件や健康状態が影響して発症しやすくなる要因があります。詳しくは(PFD) こちらをご覧ください。

浸水性肺水腫浸漬性肺水腫』の症状と特徴

『浸水性肺水腫』は、ダイビング前は異常がなくても、水に入ると症状が現れるのが特徴です。

主な症状

主な症状の流れ

  • 水面で息切れや息苦しさを感じる(自覚症状が出始める)
  • 深度を下げると、一時的に息苦しさが和らぐ
  • しかし、そのまま潜っていると再び息切れが悪化する

特徴の一つとして、水面で息苦しさを自覚しても、深度が深くなると今まで感じていた「息苦しさ」が一旦は感じづらくなるとこがあります。ただ、これを放置すると再び息切れを感じるようになります。

最も危険なのは浮上時!

  • 安全停止中に突然、強い息苦しさを感じることがある
  • 残圧が十分あるのに、息が吸えないように感じる
  • エグジット後も息苦しさが続き、咳やピンクがかった痰が出ることがある

一番怖いのは、浮上中(特に安全停止)に突然症状が明確に表れ、苦しくなるケースです。
浮上中、エアーが十分あるにも関わらず、息苦しさで息が吸えていないように感じます
エグジット後息苦しさは続きがでたり、ピンクがかった淡がでるなどの症状がでます。

浸漬性肺水腫』(浸水性肺水腫)と深度の関係

DANジャパンを通じて「浸漬性肺水腫を考える」の著者である鈴木先生に質問しました。
特に、中高年ダイバーにとって重要ななトピックであり、専門用語も含まれるため、以下鈴木先生の言葉をそのまま引用します。

浸漬性肺水腫と深度の関係

浸漬性肺水腫はヒトが水に漬かることにより生じるものであり、深度に関係しません

水中に潜らない水泳でも浸漬性肺水腫は起きていて、冷水域での遠泳では若い元気な方でも発症しています。

しかし浅深度よりも深深度潜水で浸漬性肺水腫が発症した場合には重篤となりやすい理由、及び深度による症状の消長について以下にご説明いたします。

浸漬性肺水腫で起きる息切れは、肺から血液へ(詳しくは、肺胞腔から毛細血管の中へ)酸素が取り込めなくなることにより起きるものです。これは浸漬により肺胞腔と毛細血管の間が厚くなることが原因です。(図3)

一方、正常もしくは肺水腫の状態であっても、肺胞腔から毛細血管内への酸素の取り込みは、肺胞腔内の酸素分圧に依存します。高い酸素分圧が肺胞腔内にあれば毛細血管内に取り込む酸素は多くなります(正確には、酸素が血管の中に拡散しやすくなる)。潜水では深度が深くなると吸い込んだ空気中の酸素分圧が上がります。たとえば、深度10mでは、水面の空気の2倍の酸素分圧になりますし、20mでは3倍になります。

したがって、浸漬により肺胞腔と毛細血管の間が厚くなって酸素が取り込みにくくなったとしても、潜水して深度が深くなり肺胞腔内の酸素分圧が上がった分だけ血液の中に酸素が取り込まれるようになります。それで、水面では息切れがあっても潜水して深度が深くなるにしたがい息切れを感じなくなってゆくわけです


しかし潜水を続けて肺胞腔と毛細血管の間が厚くなって肺水腫が進行してくると、深度が深くても息切れを感じるようになります

実際には、息切れを感じる前に換気量が増え、空気ボンベのガス消費が速いのに気づくことが多いようです。この状態で浮上をはじめると、浅くなるに従い吸い込む空気の酸素分圧は下がってゆくことになりますが、肺胞腔と毛細血管の間が厚いままですので、肺胞腔から毛細血管の中に取り込まれる酸素は深度が浅くなる
ほど少なくなっていくことになります。

浮上に伴って呼吸が更に増え、安全停止の深度では自分のレギュレータからの空気がぜんぜん足りないと感じてバディのオクトパスをもらっても空気が来なかったと感じるようにもなります

すなわち、深深度では病態の進行に気づくのが遅れるため、気づいたときには病態が進んでしまっているわけです。

発症した深深度からの浮上では、その深度差に応じて酸素分圧が低下してゆき、水面付近になると酸素低下が著しくなり、重篤な状態に陥ってしまいます。

なお、一般的に浅深度潜水では重篤になることは少ないということになりますが、実際の症例をみてみると一概にそうとは言えません。特に、心疾患があった場合には、10m 程度の潜水での死亡例がありますので注意が必要です。

健診で心臓がやや大きいのと高血圧を指摘されていた方が日常生活は特に差し支えがないため放置されていた事例でした。浸

2020年に起きたダイビング事故の傾向

2020年日本国内におけるダイビング事故件数は、前年と比較し減少。しかし、コロナの影響によりダイビング活動が制限されていたことを考慮すると、実質的には事故の発生率が増加傾向にあったと言えます。

どのような時に事故が起きたのか

ダイビング事故の発生状況を分析すると、以下のような傾向が見られました。

  • ファンダイビング中の事故:全体の68%
  • 講習中の事故:21%
  • その他:11%

特にファンダイビング中の事故が全体の約7割を占めており、経験者であっても油断せず安全管理を徹底する必要があります。

年齢別ダイビング事故

年齢別のデーターを見ると、最も事故が多かったのは50代で、全体の47%を占めました

事故の発生件数は公表されていません

10代5%
20代11%
30代5%
40代11%
50代47%
60代16%
70代5%
PADIジャパンより

浸水性肺水腫の関与

事故を起こした40代以上のダイバーのうち、「浸水性肺水腫」の疑いがあった人は全体の42%にのぼり、
可能性あり」の16%を含めると合計58%となります。

このタイプの事故では、潜降開始時や浮上時に苦しみだし、突然意識を失うケースが報告されています。

対処法とPADI新・ハンドシグナル「体調が悪い」

padi ダイビング ハンドシグナル 体調が悪い
PADI新ハンドシグナル「体調が悪い」
  • 高血圧の方はダイビング前に必ず主治医の診断を受けましょう
  • 水中での寒さ対策は忘れずに(寒いのを我慢しない)
  • ダイビング前に必要以上の水分を取ると体を冷やす恐れがあるのでNGとの事
  • 水中で激しい動きはNG
  • 「息苦しさ」を感じたらPADI新ハンドシグナル「体調が悪い」のサインをだす。
    新・ハンドシグナル「体調が悪い」は水中でこのようなケースに素早くサポートでくる唯一の対応策と言っても過言ではありません。

浮上後、直ぐに酸素の吸入を受け、病院で医師の診断を受ける。

日頃の体調管理とNOと言える勇気

DANジャパンのレポート (PDF) によると、『浸漬性肺水腫/浸水性肺水腫』のほとんどは翌日には回復するようです。
しかし、死亡例があるのも事実です。

私自身を含め、40代以上のダイバーは自分の体の事を理解し、日頃の体調管理が大切ですね。
ダイビング中に体調が悪くなったら直ぐに「体調が悪い」のサインを出すこと。
そしてなによりも頑張らずに体調が悪い時はダイビングをスキップする勇気も必要ですね。

補足:

浸水性肺水腫(immersion pulmonary edema/IPE)は1981年に Peter Wilmshurst が新しい症候群として 報告。

もともとは水温の低い場所(冷水ダイビング)での結果であると考えられていたそうです。

日本では2012年にドクター大岩弘典氏がスクーバダイビング中 の浸水性肺水腫(IPE)を日臨高気圧酸素潜水医会誌 に発表されたのが最初です。

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