ダイビング事故と『浸水性肺水腫』|中高年ダイバーは注意が必要

中高年ダイバーが知っておくべき、ダイビング事故と『浸水性肺水腫』の関係。
以前、PADIジャパンが開催した「ダイビング事故撲滅」をテーマにしたオンラインセミナーに参加しました。
その中で得に印象に残ったのが、「浸水性肺水腫/(浸漬性肺水腫)」という言葉です。
日本国内のダイビング事故を年齢別に見ると、40歳以上、特に50代の事故が多く、そのうち42%が「浸水性肺水腫」の疑いがあると報告されました。
近年では、中高年ダイバーの増加とともに、この症状への理解や注意も重要視されています。
本記事では、ダイビング事故との関係や、「浸水性肺水腫/(浸漬性肺水腫)」とはどのようなものなのかを、できるだけ分かりやすく解説します。
「安全ダイビング」のために、ぜひ参考にしてください!
浸水性肺水腫ってどんな病気?
※「浸水性肺水腫」と「浸漬性肺水腫」は同じ病態を指し、英語では Immersion Pulmonary Edema(IPE)と呼ばれます。本記事では、より一般的に分かりやすい「浸水性肺水腫」という表現を使用します。
浸水性肺水腫とは?
医学論文(J-STAGE)では、「浸水性肺水腫」について次のように説明されています。
浸水性肺水腫(Immersion Pulmonary Edema:IPE)とは、 スクーバダイビングやシュノーケリング,水泳中に急性発症する肺水腫のことを指します。
日本救急医学会 (PDF)・J-Stage
スクーバダイビングで急性呼吸不全をきたした浸水性肺水腫の 1 例
ご存じの方も多いかもしれませんが、「肺水腫」とは肺胞の周りにある毛細血管から血液中の液体成分が肺胞内へ滲み出す状態を指します。
これにより肺胞の中に液体が溜まり、肺での酸素交換が阻害され、呼吸が困難になります。
重要なのは、浸水性肺水腫は「肺の圧外傷」や「減圧症」とは無関係に発症するという点です。
つまり、減圧症のリスクが少ない浅い水深でも発症する可能性があるため、すべてのダイバーや水中アクティビティを楽しむ人にとって注意が必要な病気です。
『浸水性肺水腫』は水に浸るだけでも起こる
「なぜ水に浸かるだけで浸水性肺水腫になるの?」と思う方もいるかもしれません。
DANジャパンのレポートによると、
「人は水に浸かるとことにより手足の血液が体の中心に移動し、心臓や肺がうっ血するという生理的な特性を持っています。
この血液の移動によって、肺の毛細血管内の圧が上昇し、血液中の水分が肺の周りにある薄い壁(間質)に染み出ししまうと、肺水腫の状態になります。
つまり、体を水に浸けるだけで肺がうっ血するため、さらに負担がかかる要因が加わると、体に必要な酸素が足りなくなり、浸漬性肺水腫(浸漬性肺水腫)を発症するリスクが高まるというわけです。
浸漬性肺水腫を考える(PDF)・DAN Japan

つまり、人間の体は「水に浸かるだけで肺に負担がかかる」生理的特徴を持っているということですね。
どんな時・どんな人に『浸水性肺水腫』のリスクが高くなる?
『浸水性肺水腫』は、特定の環境や体調によって発症リスクが高まることが分かっています。
発症リスクが高くなる条件
✔ 水温が低い → 体が冷えることで血管が収縮し、肺の血流が増加してうっ血しやすくなる
✔ 高血圧 → もともと血管への圧力が高いため、肺の毛細血管へ負担がかかりやすい
✔激しい動き→心臓の心拍量が増える、血圧が上がる、肺を流れる血液量も増える
ほかにも、さまざまな条件や健康状態が発症リスクに関係すると考えられています。
詳しくは、DAN Japanのレポート(PDF)をご覧ください。
『浸水性肺水腫』の症状と特徴
『浸水性肺水腫』は、ダイビング前は異常がなくても、水に入ると症状が現れるのが特徴です。
主な症状の流れ
- 水面で息切れや息苦しさを感じる(自覚症状が出始める)
- 深度を下げると、一時的に息苦しさが和らぐ(呼吸が楽になったように感じる)
- しかし、そのまま潜っていると再び息苦しさが悪化する
特徴的なのは、水面で感じていた息苦しさが、深度を下げること一時的に軽く感じられることです。
そのため、「少し楽になったから大丈夫」と判断して潜り続きてしまうケースもあります。
ただ、これを放置すると再び息切れを感じるようになります。
最も危険なのは浮上時!
- 安全停止中に突然、強い息苦しさを感じることがある
- 残圧が十分あるのに息が吸えないように感じる
- エグジット後も息苦しさが続く
- 咳やピンクがかった痰が出ることがある
一番怖いのは、浮上中(特に安全停止)に突然症状が明確に表れ、苦しくなるケースです。
浮上中、エアーが十分あるにも関わらず、息苦しさで息が吸えていないように感じます。
エグジット後も息苦しさは続き、咳がでたり、ピンクがかった淡がでるなどの症状がでます。
実際にDAN (Divers Alert Network)が報告している「健康なダイバーが通常のダイビング後に発症したIPE症例」
『浸漬性肺水腫』(浸水性肺水腫)と深度の関係
浸漬性肺水腫(IPE)は、「深い水深だから起こる病気」ではありません。
水に浸かること自体が関係しており、水泳や浅い水深でも発症する可能性があります。



では、なぜ「深度を下げると一時的に楽になる」といわれているのでしょうか?
DANジャパンを通じて「浸漬性肺水腫を考える」の著者である鈴木先生に質問しました。
特に、中高年ダイバーにとって重要ななトピックであり、専門的な内容も含まれるため、以下では鈴木先生の回答をそのまま掲示します。※アコーディオンを開くと、鈴木先生の解説をご覧いただけます。
浸漬性肺水腫と深度の関係
浸漬性肺水腫はヒトが水に漬かることにより生じるものであり、深度に関係しません。
水中に潜らない水泳でも浸漬性肺水腫は起きていて、冷水域での遠泳では若い元気な方でも発症しています。
しかし浅深度よりも深深度潜水で浸漬性肺水腫が発症した場合には重篤となりやすい理由、及び深度による症状の消長について以下にご説明いたします。
浸漬性肺水腫で起きる息切れは、肺から血液へ(詳しくは、肺胞腔から毛細血管の中へ)酸素が取り込めなくなることにより起きるものです。これは浸漬により肺胞腔と毛細血管の間が厚くなることが原因です。(図3)
一方、正常もしくは肺水腫の状態であっても、肺胞腔から毛細血管内への酸素の取り込みは、肺胞腔内の酸素分圧に依存します。高い酸素分圧が肺胞腔内にあれば毛細血管内に取り込む酸素は多くなります(正確には、酸素が血管の中に拡散しやすくなる)。潜水では深度が深くなると吸い込んだ空気中の酸素分圧が上がります。たとえば、深度10mでは、水面の空気の2倍の酸素分圧になりますし、20mでは3倍になります。
したがって、浸漬により肺胞腔と毛細血管の間が厚くなって酸素が取り込みにくくなったとしても、潜水して深度が深くなり肺胞腔内の酸素分圧が上がった分だけ血液の中に酸素が取り込まれるようになります。それで、水面では息切れがあっても潜水して深度が深くなるにしたがい息切れを感じなくなってゆくわけです。
しかし潜水を続けて肺胞腔と毛細血管の間が厚くなって肺水腫が進行してくると、深度が深くても息切れを感じるようになります。実際には、息切れを感じる前に換気量が増え、空気ボンベのガス消費が速いのに気づくことが多いようです。この状態で浮上をはじめると、浅くなるに従い吸い込む空気の酸素分圧は下がってゆくことになりますが、肺胞腔と毛細血管の間が厚いままですので、肺胞腔から毛細血管の中に取り込まれる酸素は深度が浅くなる
ほど少なくなっていくことになります。浮上に伴って呼吸が更に増え、安全停止の深度では自分のレギュレータからの空気がぜんぜん足りないと感じてバディのオクトパスをもらっても空気が来なかったと感じるようにもなります。
すなわち、深深度では病態の進行に気づくのが遅れるため、気づいたときには病態が進んでしまっているわけです。
発症した深深度からの浮上では、その深度差に応じて酸素分圧が低下してゆき、水面付近になると酸素低下が著しくなり、重篤な状態に陥ってしまいます。
なお、一般的に浅深度潜水では重篤になることは少ないということになりますが、実際の症例をみてみると一概にそうとは言えません。特に、心疾患があった場合には、10m 程度の潜水での死亡例がありますので注意が必要です。
健診で心臓がやや大きいのと高血圧を指摘されていた方が日常生活は特に差し支えがないため放置されていた事例でした。
浸水性肺水腫の対処法と予防策
浸水性肺水腫(IPE)は、早めに異変へ気づき、無理をしないことが非常に重要です。
特に、中高年ダイバーや高血圧などの持病がある方は、普段以上に体調管理へ注意をる必要があります。
発症リスクを減らすために
- 高血圧の方は、事前に主治医へ相談する
- 水中での寒さ対策をしっかり行う(寒さを我慢しない)
- ダイビング前に必要以上の水分を取り過ぎない。(体を冷やす恐れがあるのでNGとの事)
- 水中で激しい動きはNG
- 「息苦しさ」を感じたらPADI新ハンドシグナル「体調が悪い」のサインをだす。
新・ハンドシグナル「体調が悪い」は水中でこのようなケースに素早くサポートでくる唯一の対応策と言っても過言ではありません。


「息苦しい」と感じたら無理をしない
浸水性肺水腫では、
- 水面で突然息苦しくなる
- 「エアはあるのに息が吸えない」と感じる
- 浮上中や安全停止中に症状が悪化する
といったケースがあります。
そのため、水中で少しでも異変を感じた場合は、無理にダイビングを続けないことが大切です。
浮上後、直ぐに酸素の吸入を受け、病院で医師の診断を受ける。
インストラクター・ガイド側の注意点
インストラクターやガイドは、残圧に余裕があるにもかかわらず、強い息苦しさや呼吸のしづらさを訴えるダイバーがいた場合、浸水性肺水腫(IPE)の可能性も考慮する必要があります。
特に、ベテランダイバーが「エアは十分あるのに息が吸えない」と感じるケースでは注意が必要です。
また、体調不良を訴えるダイバーを決して一人にしないことも重要。
浸水性肺水腫では、浮上中や安全停止中に急激に症状が悪化するケースもあります。
「先降から浮上まで、常にバディと一緒に行動する」というダイビングの基本を、改めて忘れないようにしたいところです。
浮上後の対応
浮上後も息苦しさや咳が続く場合は、
- 速やかに酸素投与をする
- 医療機関を受診する
ことが重要です。
2020年に起きたダイビング事故の傾向
2020年の日本国内におけるダイビング事故件数は、前年と比較し減少しました。
しかし、コロナ禍によってダイビング活動が大きく制限されていたことを考えると、実際には事故発生率は増加傾向にあったと考えられます。
どのような時に事故が起きたのか
事故の発生状況をみると、最も多かったのはファンダイビング中の事故でした。
- ファンダイビング中:68%
- 講習中の事故:21%
- その他:11%
特にファンダイビング中の事故が全体の約7割を占めており、経験本数の多いダイバーでも安全管理を徹底する重要性が分かります。
年齢別ダイビング事故
年齢別データーでは、最も事故が多かったのは50代で、全体の47%を占めました。
| 年代 | 割合 |
|---|---|
| 10代 | 5% |
| 20代 | 11% |
| 30代 | 5% |
| 40代 | 11% |
| 50代 | 47% |
| 60代 | 16% |
| 70代 | 5% |
※事故件数そのものは公表されていません
浸水性肺水腫(IPE)の関与
40代以上の事故では、「浸水性肺水腫(IPE)」が疑わえるケースが全体の42%にのぼりました。
さらに、「IPEの可能性を否定できないケース」の16%を含めると、過半数以上の58%になります。
このタイプの事故では、潜降開始時や浮上時に苦しみだし、突然意識を失うケースが報告されています。
日頃の体調管理と「NO」と言える勇気
DANジャパンのレポート (PDF) によると、『浸漬性肺水腫(IPE)』の多くは翌日までには回復するとされています。
しかし一方で、死亡例が報告されているのも事実です。
私自身を含め、40代以上のダイバーは、自分の体の状態を理解し、日頃の体調管理を意識することが大切だと感じます。
ダイビング中に体調が悪くなったら、「体調が悪い」のサインを出すこと。
そしてなにより、頑張らずに「今日はやめておこう」と判断できる勇気も、安全ダイビングには必要ですね。
補足:
その他の参考資料:




